夕方、母が運転する車に乗り、スーパーから帰る。空はまだ真っ暗ではない。国道を目指して、土手に沿って、車は走っている。
わたしは靴を脱いで、後部座席に体育座りをしている。というよりも、誰も隣に座っていないので、窓を背もたれにして、足を伸ばしたり、寝そべったり、ごろごろしている。弟は友達と電車で帰るらしい。
空はまだ真っ暗ではない。
学校で絵の具を使う時。今度は別の色を使いたいからと、線のとこまで並々と水を入れた専用のバケツに、使っていた筆を入れて洗う。わたしは、水に入れたその時の、筆の輪郭に沿って、色の輪が広がっていくその様子を見るのがすきだった。その筆をすぐに出して、別の場所からまた入れると、色の輪はまた別の場所に広がっていく。
白いバケツに青色になった大筆を入れる。最初は水の中に筆で模様が出来るのを楽しんでいたのだけれども、そんな悠長なことをずっとしていられない。急に筆を水の中でかき混ぜる。がちゃがちゃがちゃ。勢いつけすぎて、大波になった水。
「あっ!やばい」と思っていた時にはもう遅い。バケツから水が溢れて出る。まだ穏やかではないバケツをそっと持ち上げながら、ぞうきんで床を拭く。バケツの中で大事に育てていた水は、薄いけれど、確かな青色になっていた。次に赤色になった小筆をいれた。
今日は太陽が照っていて、暑い日だった。
いろんなものに太陽の光が反射して、目が痛かった。
なのに、そのくそ暑い中、体育。先生あほやん!負けたくなくてムキになって、学校の周りをつい本気で走った。わたしもあほやん!
「今日ほんま最悪やったわ。こんな暑い中、めっちゃ走らされたんやで。意味分からんくない?背中、なんかまだべとべとしとるし」「べたついた身体でごろごろせんといて!」
夕暮れになる空を見ながら、車の中で母と喋っている。
土手沿いから見る空は少しずつ夕焼けの赤色が、淡く、じんわりと、ある1箇所から輪を描くように浸透しはじめていた。あんなに暑かったのにもうこんなに優しく、静かに、落ち着きをみせている。
「今、空、めっちゃきれいやな」と母に言う。
窓を開ける。カラスが鳴いている。ただそれだけ。穏やかだ。
夕方は少し肌寒い。あんなに暑かったのにな。空気を吸おうと意識すると、走ったあとの息のしづらさが残っていることがよく分かる。誰かがなにかを燃やしているのだろう。ほのかに煙くさい。
もうすぐ踏切がある。夕方の国道に入る道は合流する車が多くて、やっぱり今日も少し渋滞している。走っている車のスピードが遅くなる。
いろいろ喋っていたけれども、まぶたは重くなってくる。
トンネルももうすぐあるしなぁと思い、窓を閉めて、横になる。
「こら!そんな砂まみれの身体で寝転ばんといて!」聞こえなかったフリをして、目を閉じる。まぶたはまだ熱を持っているような気がする。
しばらくして、ウインカーの音がして、車が曲がっていくのが分かる。身体を起こすと、もうこんなところまで来たのかと思う。国道から田んぼ道。正面に見える海は黒くて、向こうの町の家の明かりが分かる。
あそこからここまでと考えると、時間にして15分くらいだけれど、すごく眠った寝た気がした。
「喋っとんのに、途中から眠いんやろなと思って黙っとったわ」適当に相槌打ってたことについて、母は見逃してくれていた。
家に着き、もう一度空を見上げる。
「わあ!今日、月出とるやん!」
「なに言っとん。さっきからずっと出とったで」と母が言う。
わたしが寝る前から、車がトンネル越える前から、ずっとついて来ていた月がそこにはあった。
月の話をしよう。
「つっきがぁーでったでーた つっきがぁあでたー よいよい」
ばあちゃんの家が食堂をしていた頃。夜によく来る郵便局の人たちがいた。ばあちゃんはわたしが保育園の頃、郵便局で昼間働いて、夜に食堂を開いていた。そんなタイミングに、わたしが母と買い物帰りに寄ったなら、ビールを飲みながら料理しているであろうばあちゃんに、「さあ、今から歌うから、踊りなさい!」と言われるのだった。
カウンターの端っこ、もう厨房に差しかかったその場所で、もじもじしながら今にも厨房に逃げようとしているわたしがそこにいる。オレンジのカウンター、側面は黒色。その机の下の角は欠けていて、木目が見えていた。わたしがおでこをその角でぶつけたから欠けたのだと言い聞かされていた。
月の話をしよう。
仕事を終えて家に帰る時、橋についている街路灯の光が、川に照らされていることに信号待ちをしていて気がついた。何年も毎日、同じ道を通って帰っているのに、初めて気がつくとは、いつも先を急ぎすぎているなと思った。そこには少しずれてもう一つ、デカいかたまり。月も映っていた。
月の話をしよう。
毎月、満月の日の夜に更新される連載があった。「月夜に踊り小銭を落として排水溝に手を伸ばす怪人」という又吉のエッセイ連載だ。一番すきな記事は、「実験【「と」大会】」だ。理由は、訳が分からんようになるから。
「満月、月の始めやったから、もうすぐかな」と仕事終わりに運転しながら思い出し、駐車場で車を降りると空を見上げて、月を確認するようになった。
満月かどうか見極めるのは難しいこともわかった。上司と帰る時、今日の月が欠けているかどうかの話をしている。
そして、月は少しずつ、確かに移動していることもわかった。
満月の日が来るのがとても楽しみだった。
又吉は『月と散文』という本を最近出した。松本大洋さんの装画のインパクトが強く、部屋に置いておくだけで存在感がある。『東京ヒゴロ』という漫画も、『スラムダンク』を読み終えたら読みたいと思っているところだ。美術館の当日券がどうしてもほしくて、開館の3時間前から外で、何冊か持っていって読んでいた。その本には、東京でのコロナ禍の日々のことも書かれていて、その外での3時間は日陰が多めで、寒すぎたのでより染みた気がする。
本になったことで、月一の連載は終了することになった。今月から更新がないと分かっているけれど、車を降りたら自然と月を確認してしまっている。
ぼーっと何もせずに新幹線に乗っていたら、月にまつわることをいろいろと思い出したので、書いてみました。
以前、10年分のわたしのことを連載させてもらい、いろんなことの整理ができました。でも、終止符を打った中にまだ一つ、書けていないテーマがあり、「今度書くなら、これだな!」とじわじわ思い続けてきたことがあります。あたため続けているそのテーマを、今度は自分で、毎月一つずつ文章にしていこうと思っています。満月の日に。書き出してみると、24記事になりそうなので、2年間続くと思います。
今回のは、まえがきのまえがきみたいな感じです。だからイレギュラーに投稿しています。今日の月、なんか赤っぽかった。
せわしなく時間が過ぎる中、ありふれた情報ばかりの中。知ったことを通して、何を言葉にするのだろうか?嘘も言えるし、情報も自分で切り取ることもできる。無意識に人を傷つけているかもしれない。
それでもわたしは、わたしが信じていることを、大事だと思うことを書いていこうと思っている。生活をコントロールして、せわしなくない時間をつくり、機嫌をとって、静かな時間をつくり、そのタイミングに書いていこうと思っている。
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