2章のはじめに


通り魔に刺される夢をみた。痛みはなかった。ナイフを隠し持っているのがこちらの角度からはバレバレで、最初はわたしだけしか気づいていないようだった。できるだけ遠ざかりたいので、ゆっくり息を潜ませながら、後ずさりし始めようとした瞬間、犯人は急にナイフを振り回しだす。周りにいた人たちも気がついて、四方八方散り散りに逃げはじめたのに、犯人はわたしの方へ向かってくる。振り回すナイフをみぎ・ひだりとかわしながら逃げているのに、わき目もふらずわたしを追い詰めてきた。


知人に土下座する夢をみた。それはもう、完璧にわたしが悪いと思ってする、潔い土下座だった。家の前で、車をバック駐車で停めようとして、後ろに停めてあった知人の白の普通車にぶつけてしまった。車の顔は、正面の下のほうを綺麗に凹ませてしまった。そもそもわたしの実家やし、一瞬、なんでここに停めてあるん?とも思ったけれど、わたしが生意気に何を言っても温厚に返してくれる知人が、この時少し冷たい気がしたので焦っていた。混乱よりも、大変ひどいことをしてしまったと思って、砂利が敷き詰められている家の前で、正座をし、おでこを地面につける土下座をした。落ち葉が落ちていた。季節は現実とリンクしていた。



夏から秋に変わる時期、毎年のように気持ちがするすると落ちていく。しぼんでいく感じ。夏の昼、アパートの玄関を急いで出ると跳ね返ってくる熱気。その圧が、今ではすっかりなくなっていて、肩透かしをくらうよう。振り上げた右手は何の手応えもなく、ただただ落ちる。仕事が忙しくて、上手いこと、自由に休めていないのも大分にあるのだろうけど、そういう時こそ解決しないことをうだうだ考えてしまう。このどんよりした気分を一刻も早く、スカッと一掃したいけど、毎年回復するための方法は違っていて、ただただやり過ごして待つのみ。
そうこうして今、やっと、自分の内から少しエネルギーが戻ってきたのを感じている。



この夏から秋、気がおかしくなるくらい働いた。「わたしたちは間違っていなかった。打つ手は無限にあって、新しく行動して、だからこそ無理だと思う目標を達成した」という口調はいつも通りで、気持ちは冷めていく一方。その場所から外れたとき、反動で暴言ばかり言っている。どこに向けてなのか不明な主語のでかい言葉、さっさと聞き流せるようになりたいわという気持ちと、でもやっぱりめちゃくちゃ腹立つわという気持ちがわたしにはある。

夜に帰宅してから、明日の弁当を作り、ごはんを食べ、洗い物をして、お風呂に入り、寝る。誰もが生活をやっていて、その中で普段よりも早くに起きて出社し、そこからいつものように働き切るのはしんどいもの。成果についての言及は、この社会からは切り離せないものやと思うけど、普段よりも時間を割いた事実はあるのだから、体調を気遣うような枕詞をついでに言ってほしい。

疲れていると、よく分からない言葉だけが大きく響く。それを聞いた後、とっさに言う暴言は、せめてもの抵抗で、意思表示だと気がついた。自分を取り戻す方法があったり、自分で「大丈夫だ」と思えることが必要で、そのためにわたしは本を読んでいるのだと思う。出まかせの言葉じゃなくて、ここまで届く血の通った言葉を探している。そして、ここから1年間、わたしはまた書こうと思う。ただ悲しいということではなくて、抗いであり、決意表明として、書いていく。



「ああ、そうか、別に自転車押してもええんや。立ち漕ぎしようが、押して歩こうが、坂は坂や。はよ上ってもええけど、そらええけど、自転車降りてゆっくり歩かんかったら、あんな綺麗な通天閣は見えへん」
西加奈子『通天閣』



30歳になった。こないだ地元を出たと思ったのに、その時のことをいまだに鮮明に覚えているのに、あれから12年が経った。来年には、弟の結婚式がある。
昔のことを思い出して書いて、それがわたしを癒すもので、守るもので、無くなっても安心できる居所はあるものだと思っていた。けれど、その場所のいろんなことがこれから少しずつ変わっていく気配がしている。それが身近になってきているのが分かる。分かるけど、そんなことは分かっているけど、わたしにはそこに対する耐性がまだなくて、折り合いがついていなくて、悪態をついてしまう。
年末実家に帰ったとき、一日中、パジャマでソファに寝そべってゴロゴロしたい。家族はすでに聞いていて、わたしにとっての初耳の情報が入れば入るほど、穏やかではない。ここぞとばかりの反乱軍。肩ひざ立てて、臨戦態勢でいる。せめてもの抵抗をさせてくれ。よそ行きの雰囲気は、今のところ根絶やから。



夏から秋の疲れと、家のそんなことで、最近は、自分自身がぐらついている。どこに行ったら収まるものなのか、心の置きどころや確かなものを確かめたくなる。だからここで一度、書いておきたい。「大丈夫」と自分で思えることを書いておきたい。
我ながら、変化に弱すぎる。でも納得してからすすんでいきたい。
今だからこそ、見つけやすいものもあると思う。



息子が3万円もする怪しい手袋を買い、夫が息子のことを考えてくれないと思う中で、妻がスーパー帰りに坂を登ったところでみた夕焼け。
松本大洋『東京ヒゴロ』



夜、仕事帰りに駐車場で車を降りて空を見上げる。昨日、だいぶ月のおかけで空が明るくて、明日満月やん!と調べていたのに、あいにく今日は、雲が厚くて暗くて月の気配すらない。雨もぽつぽつ降っている。なんや。
早く家入って、もろもろを終わらせて、ベッドに横になって、今日も漫画の続きを読もう。

今、見えないだけで、元からあるものを確かめて、書いておきたい。「大丈夫」だと思うこと。そして、ふつうであり、たたかいであり、わたしの日常を続けていくよ。

ここからの1年間、そういう気持ちで再開します。

その一瞬。



この地点。
今、わたしがいるこの地点に、旗をたてておく。


2024.11.16 


と、その周辺に纏わり付くモノたちへ

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