大福とほうじ茶

「混ぜてると、減ってくるねんで」

えっ、どういうことなん?と思う。
今まで聞いたことがなかった。又従兄妹たちはその母が言った言葉に、へーっと相槌をうち、しばらくわたしも一緒になって必死に混ぜたが、ものの数分経ったら、そんなことには興味がなくなったようだ。それよりも、お皿にのった、大福にかじりついている。


その大福は、求肥がコーヒー風味で、茶色い色をしていて、中は、コーヒーが練り込まれたこしあんと生クリームが入っていた。それは、わたしの住んでいる町の古くからある和菓子屋で、すこし前から売り出した新商品だ。電車は多くて3両編成、鈍行しか知らない、まず高速道路に辿り着くまでに1時間はかかる田舎町では、もの珍しい商品に出会うことは早々にない。この和菓子屋は、ばあちゃんの家から大通りに出て100メートルくらいのところにあり、地下水で適温に冷やされた、葛にこしあんを包んだまんじゅうが有名だ。

和菓子屋は、スーパーのように気軽に行くことはないけれども、明日は、ばあちゃんのお母さん、わたしからするとひいおばあちゃんの法事だ。ひいおばあちゃんには、会ったことがない。

夕方、「もうすぐしたら雨降るかもしれん。外に干した洗濯もん、はよ帰って入れなあかんわ」とお母さんは言いながら、少し小走りでわたしたちは、もうすぐ店じまいをする時間のその和菓子屋に入った。見慣れたショーケースの中に、そのカタカナの名前のついた大福を見つけた時、「えっ、これほんまに大丈夫なん?」と指を差しながら、思わずお母さんに耳打ちする。黒糖味の大福じゃないんや、誰が買うんやろ?と、ショーケースのその大福の位置から離れられずにいる。

「試しにこれ、買ってみる?」
お母さんは小さめの声で、そういえばこの間スーパーの広告に紛れて、その和菓子屋のチラシが入っとったわと、付け加えてくる。ショーケースの上には、つい先週のケーブルテレビでもこの商品のことが放送されたのだとポップが置かれている。ポップに添えられたこの商品の写真は、テレビ画面越しに撮った時特有の線が入っていて、色も黒や緑がかっていて変だった。そんだけ言うんやったらいいんかなと思い、「うん」と頷く。

でも、ほんまにこれ大丈夫なんかなという思いは拭えないまま、明日は法事やからと、2箱お店の人に注文する。「要冷蔵」と箱に青いシールの貼られたその大福は、食べる前にしばらく待って、解凍しないといけないらしい。レジで手渡される時に言われた注意事項を聞いて、そんなこと今までしたことないやん、と不安に思いながら、「じゃあ、はよ(冷蔵庫で半冷凍にできる)パーシャルに入れな!」とお母さんは言い、やはり早足で帰るのだった。


今日は法事。ばあちゃんの家に向かう朝。
テーブルには、冷蔵庫から昨日買ったその商品を忘れずに持っていく!とメモが残されていた。わたしが取り出そうとすると、「いざらんようにな!」と言われ、結局、お父さんがそおっと冷蔵庫から出す。

法事は、ばあちゃんの家の2階で、まず午前中に和尚さんが来て、お経を唱えてもらうことになっている。出席するのは、じいちゃんとばあちゃんに、わたしのお父さん、お母さん、わたし、弟と、お母さんの弟(わたしからすると、叔父さん)らしい。

朝、出席するために制服を着ないといけなかったのだけれども、その前に、朝ごはんを食べるように促される。服が汚れないようにするためらしい。普段だと、「また朝がやって来てしまった」とうんざりしながら、もぞもぞと着替えて、集団登校の時間を気にしたお母さんから、ギャーギャーと急かされながら朝食を食べる。そして、最終的に集合時間ギリギリで、家から飛び出して行かざるを得ない。

でも、「今日はいつもとは違うんや」と少しわくわくしながら制服を着て、支度をする。「小1時間の辛抱やからな」と言われたけれど、「学校行かんでいいし、しかも車で行けるんやし、何が辛抱なんやろ」と思っていると、お父さんもお母さんもいつもとは違う装いになっている。少し気持ちがそわそわし始めながら車で向かう時間まで、弟がしているゲームを「あと1回死んだら、わたしの番やから!」と、やるタイミングを待っていると、結局出来ずに、急かされながら家を出ることになる。

車に家族4人で乗りこみ、ドアを閉めて、「じゃあ行くぞ」とお父さんが発進させるタイミングになって、「持ったよな!?」とお母さんはその商品を忘れていないことを大声で言いながら、自身の荷物を確認する。


ばあちゃんの家に着く。
じいちゃんもばあちゃんも、叔父さん(以下、おっちゃん)も、いつもとは違う装いでいる。いつもとは違う空気に、もう1段階、みぞおち辺りがキュッと緊張する。

ばあちゃんは忙しなく動いていて、
「遅かったなぁ!ほんなら、先、2階上がっといて」と言われる。じいちゃんからは、お母さんに、催促の電話がかかってきていた。
「じゃあ、手洗い、うがいしてからな」とお母さんに言われ、「ゲームは下のお母さんのカバンに入れておきな」とつけ加えられながらひと通り終えて、弟とお父さんと一緒に、2階の仏壇のある畳の部屋へ上がる。

部屋の扉を開けると、すでにじいちゃんとおっちゃんが移動していた。
「まいど!」とわたしと弟はおっちゃんと言い合い、「お疲れさまです〜」とおっちゃんはお父さんと話をし始める。遠方にいるおっちゃんは、帰って来るまでにどの道が混雑していたとか、こっちに去年はあった建物がいつの間にか潰れていたとか、仕事のこととかをお父さんと話している。

じいちゃんは話にたまに入ってくるけれど、腕時計をちらちらと見ていて、「もうじき、和尚が来る時間や。下で何しとんや」と、ばあちゃんやお母さんを呼びに下りようかと、そわそわしている。
「もう分かっとるから大丈夫や!」とおっちゃんに言われながらも結局、部屋から出て、階段を下りていった。「朝からずっと、そわそわしとるんすわ」とおっちゃんはお父さんに言う。


座敷にはすでに、普段は押入れに入れてある、深い緑色で、ふかふかとした座布団が人数分、敷き詰められていた。そして仏壇の前にだけ、緋色のこれまたふかふかとした座布団が置かれていた。ここもいつもとは違う雰囲気で、わたしは何となく正座をして、じいちゃんとばあちゃん、お母さん、そして和尚さんを待ちながら、おっちゃんとお父さんの会話を聞いている。そして、何度か座り直しながら自分のすねで、この座布団は肌に馴染まず、ひんやりし続けるのだと思う。

しばらくして、「今のうちに、足、崩しときなよ」「そうやそうや」と、おっちゃんとお父さんに言われる。今日は、朝からいつもと違う状態が続くけれど、本番は、今からなんやなと思う。正座をやめて、足を伸ばす。座布団2つ分に足を乗せて、ふかふかの座布団のでこぼこを感じながら、前屈する。目を閉じていると、目の奥が熱くて、このまま横になったら眠れる気がする。身体、硬くなったな。

またしばらくして、「じきに来る!」とじいちゃんに言われながら、一緒にばあちゃんとお母さんが上がってくる。
ばあちゃんは、2列に並んだ座布団の前列に、じいちゃんとおっちゃんと、お父さんも座るように促す。おっちゃんとお父さんは、2階で脱いでいた背広を、ふぅーっと深く息を吐きながら着て、よいしょと言いながら座る。
そしてばあちゃんは、「よっこいせ。ふぅううう。久しぶりに腰下ろしたわぁ」と、後列のわたしと弟の間に座る。お母さんも後列、弟の隣に座った。

「もういっときの辛抱やからな」
ばあちゃんに言われる。

開始時刻をしばらくして、ぶるるるるるると、窓の外から単車の音が聞こえてくる。
「和尚来た。迎え行ってくる」じいちゃんはさっき座ったところだが、立ち上がる。
「えっ、和尚?」ばあちゃんに聞くと、しっ!と小さい声になって、「もう来るで」と言う。
本番はこれからやから、まだ正座せんでいいでと言われて、ぎりぎりまで足を崩していた皆が、一斉に座り直す。

どんな人が来るんやろ?と思い、そわそわ、にやにやして、ばあちゃんとこそこそ小さい声で喋っていると、階段を和尚さんがじいちゃんと話をしながら上がってくる音がする。


「こんにちは」
眼鏡をかけて、日に焼けたこの和尚さんに、わたしは会うのは初めてだった。重ねている法衣は重そうで、暑いやろうな、大変なんやなぁと思った。いつもお世話になっている方らしく、簡単に挨拶をされ、失礼しますとハンカチで汗を拭い、しばらくしてからお経が始まった。しーんと静かになる。

正座をして、しばらくお経を聞いていると、ぐぎゅるるるるとばあちゃんのお腹が鳴る。目を合わせてくすくす笑い、こそこそ喋って過ごしていたら、なんやかんやでその時間も終わる。


「えらいよう、かしこう座っとりましたね。何年生ですか?」
いやそんなことなかったやろ、ばれてへんのかよと思いながら、端のお母さんがお茶を出す。和尚さんがお茶を飲まれている間、ぽつりぽつりと質問されながら、話をして過ごす。お経の時のような、ぴんと緊張した空気はなくなっている。
しばらくして、「今日はもう一軒あるんですわ」と話す和尚さんを、やっぱり大変なんやなぁと思いながら、じいちゃんが下まで見送りに行く。

階段を下りる音が聞こえなくなると、皆、ふぅうーっと、足や腕を伸ばす。
空気がより一気に緩む。
あくびが出て、お腹が減っていることに気がつく。もう1度背伸びをして、時計を見て、もうこんな時間なんかと思う。


皆、一斉に動き出す。

座布団を隅にやり、代わりに端に立てかけていた大きな漆塗りのテーブルを2脚、真ん中に移動させて、繋げる。
「もうそこまで来てるって!」
ばあちゃんがばあちゃんの兄妹に電話をかけた。今日の法事は、ばあちゃんの兄と妹と、その又従兄妹たちが親と一緒に来ることになっていた。


しばらくして、
「こんにちわぁ〜」と、旅行カバンなどの大荷物をどしどし下に置いて、ぞろぞろと2階に上がって来る音がする。
予定していた通り、シュミレーションをしていた通りの人数だが、誰がだれか、年齢を重ねるうちに、より賑やかになってきて、ややこしい。

「朝はようからありがとうねぇ。お経の時からおってくれたんやって?」
ばあちゃんの妹に言われながら、うなずくだけになる。いつものばあちゃんの家だけど、勢いにのまれそうで、さっきまでとは違う緊張の仕方をして、口数が少なくなる。
「1人ずつ、名札書いといてほしいわ」と側にいたおっちゃんに、ぼそぼそと話す。

久しぶりに会う又従兄妹たちやその親たちは、やっぱりわたしよりもよく喋る。
「あら、もうこんな背ぇ伸びて!今、何年生なん?」「こんがり焼けて!なんかスポーツしてるん?」「好きな子おるん?」「今日、ここに泊まるねんて」「釣り行きたいわぁ。今やったら何釣れるんやろ?」「あとで前行った、鯉のおる池のとこ行きたいんやけど」
テーブルを囲んで、ごはんを食べながら、ばあちゃんの隣にわたしは座り、ばあちゃんやお母さんを介して話をしたり、聞いたりする。


人見知りしながらごはんを食べ終わる。
テーブルからすこし離れたところで、お酒を飲んだお父さんや、又従兄妹のお父さんは、いつの間にか、いびきをかきながら寝ている。あまり見ないようにしながら、それ以外の人で少し、片付けをする。
「今日は朝からごくろうさんやったからなぁ」ばあちゃんの妹が言う。
皆で囲っていたテーブルを、「はい、これ。よろしく」とお母さんに布巾を託され、ざっと拭く。繋げたテーブルは、いつもより広い。


「はい!ほな、今度はティータイムにするで」
ばあちゃんが1階から、大きなお盆に湯呑みを重ねて、そろりそろりと上がってくる。

今日はほうじ茶にするらしい。お母さんが電気ポットからお湯を急須に入れ、お茶を淹れていくのを側で見る。
「ほらこうやって、蓋を持ちながら、一気に湯呑みに注ぐんじゃなくて、ちょっとずつ淹れていくんやで」
はいはいとお母さんの話を聞きながら、そのお茶の入った湯呑みを1つずつ運んでいく。

そして、昨日買った大福も1つずつ、お皿に入れて、出す。昨日家に帰ってから、パーシャルで半冷凍されていたその大福は、朝、ばあちゃんの家に来た時に、冷蔵庫に移動させられていた。もう十分に食べごろだった。


「いい色でてるわぁ」
又従兄妹のお母さんがほっとした表情で、淹れられた湯呑みのほうじ茶を見ながら言う。
「この家、掘抜きの井戸水やからかなぁ」ばあちゃんは答える。
「うらやましいわぁ。ほんで、やっぱり味も違う!おいしいわぁ」と又従兄妹のお母さんはそろりそろりと飲んでいる。
「持って帰ったらええわ」じいちゃんは、人が多いのにそわそわしていて、部屋を出て、ペットボトルにその水を入れるために階段を下りる。


その大福は、やはり食べたことのない味だった。
コーヒー牛乳はごくたまに家にあって飲むけれど、わたしはあんこが嫌いだ。そして、大福は和菓子なのに、でも生クリームが入っていて、洋菓子なのかなんなのか、どういう気持ちで食べたらいいのかが分からなかった。モンブランも同じ理由でわたしは嫌いだった。皆より遅れて、恐るおそるかじると、生クリームがコーヒーの味がするこしあんに混ざって、おいしい気がした。あんこは、そんなに甘ったるい訳ではなかった。控えめだけれど、ちゃんとコーヒーの風味がした。そして、コーヒーについているミルクのような味の、これまた控えめな生クリームの層がある。組み合わせた一つずつの主張は激しくない。そもそもあんこが嫌いなので、皆ほど手放しで絶賛はできないけれど、これはこれでありな気がした。大福に洋菓子に入るいちごが入った、いちご大福みたいな感じで食べたらいいんやな。

わたしは、一口かじっては、ほうじ茶をちびちび飲んだ。これは大福。甘ったるくはないけれども、大福なので、濃いほうじ茶がよく合った。生クリームだから洋菓子なのかと思ったけれど、これは、和菓子だ。紅茶ではなく、お茶がいいとわたしは思う。

熱くて、よく色の出たほうじ茶をちびちび飲んでいると、「あら、ねこ舌なん?」と又従兄妹のお母さんに聞かれる。「はい、そうです」と返事する。
「この子と一緒やわ。大変やなぁ。おいしいんやけどなぁ」とそのお母さんは、隣にいた娘を指差す。


「混ぜてると、減ってくるねんで」

そのお母さんは言いながら、なぜかまだ片付けられていなかった、さっき使った自分の割り箸の、持ち手の部分を湯呑みに入れて、混ぜ始める。
「こうやって、渦作るん。混ぜてると冷めてくるねんで。ほんで、ずっと混ぜてると、減ってくるねん」と言う。
「なんで減るん?」その娘が言う。
「蒸発するから」とそのお母さんは言った。
それってほんまなんかなぁと思ったけれど、人見知りで、話の流れに割って入るのが恥ずかしくて、もう少し詳しく聞きたいところを聞き出せない。

「ばあちゃん、割り箸ちょうだい!」
わたしたちは、ばあちゃんにねだって新しいものをもらう。そして、一緒になって、混ぜて、湯呑みに渦を作り始める。
勢いよく混ぜすぎて、弟の湯呑みからお茶が溢れる。
勢いよく混ぜて溢れるから、減るんじゃなくて、ずっと混ぜてると蒸発するってことなんやんな?と考えながら、はよ減らんかなぁとわくわくして、こぼさないように慎重に、でも素早く混ぜ続ける。

「もう1分たった?」
「いやあと30秒あるわ」
その又従兄妹たちは言い、わたしも一緒に、時計の秒針をそのお母さんに見てもらいながら、混ぜ続ける。

1分が過ぎて、もうええかなと混ぜるのをやめて、量を確かめて気がつく。結構これは、時間が必要なもんなんやなと。
そして皆はそれっきり、「あと1分!」と言うことなく飽きてしまい、また大福を食べる。その後、今度はそこの煎餅食べるんやろ?
「あと1分!」と、わたしはまだ続けて混ぜたかった。



それよりももっと昔。
夏。お盆だろうか。ばあちゃんの兄やじいちゃん、おっちゃん、又従兄妹のお父さん、わたしのお父さんがみんなで夜にスナックに行く予定らしい。

わたしの弟がその話を盗み聞きして、又従兄妹たちと夜、スナックに乱入したことがある。郵便局のすぐ側、船着場の近く。その名前のスナックは、そこにしかない。ピンク色のライトで、ミラーボールのある部屋。外に響くくらいの大音量でカラオケをしていた。
「そこで柿ピーもらって食べた」と弟は言った。


と、その周辺に纏わり付くモノたちへ

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