小2。
あともうちょっと。あとほんまにちょっと、学校行ったら春休みや。
今の6年生と集団登下校しながら、あと何日一緒に登下校するのかを頭の中で指を折って数えていた。あと3日。もうほんまに、あとちょっとで終わりや。
裏の山底から雪おこしの音が響いてくる中、「明日は大荒れやぞ」と言った、お父さんを思い出した。そして、いつの間にか眠っていて、朝。起きると窓の外、全てを塗りつぶしたかのような白い雪にはっとする。集団登校で、車が走る道と違い、どこに縁石があるのか分からないくらいに雪がこんもり積もった歩道を、今の班長の6年を先頭に、一列に並んで歩くのは絶望だった。
わたしは、辺り一面に田んぼが広がり、山や海に沿って、木造で造られた家が密集しているところに住んでいる。そして、その田んぼの真ん中に公道が一本、真っ直ぐに通っている。右手に海と、家々からの視線。左手には国道がある中で、みんなの家の田んぼの端から端までを、紺色の制服に黄色い通学帽を被り、ランドセルを背負って、真っ直ぐに進む。
端まで行きついて、大きな桜の木が連なる緩やかな坂を上ると、左手に朱色の屋根の保育園があり、フェンスを越えてその奥に小学校がある。
年少で入園した保育園では2歳上の人までしかいなかったが、小学校では5歳上の人までがいる。3年間同じ保育園に通い、そのまま仲良く、隣の小学校に通うのだという常識の中で過ごしてきた。「顔見知りの人たちしかこの町にはいない」、「年少の子たちには優しくしなければならない」と思いながら、知っている人達に祝福されて送り出され、小学1年生になった。そんな中、知らない顔で、身長も高く、声もデカく、勢いのある高学年の人たちは、何をし始めるかわからず、未知なる存在で大変恐ろしかった。
1年生の頃はよかった。
1番小さい学年ということで、6年生のお姉さんたちが優しく接してくれたし、昼休みに校庭で、やいやいちょっかいを出してくる奴(それは男子)がいても、走って駆け寄ってきてくれて、守ってくれた。
わたしの通う小学校は、9つの地区の児童が通っており、各地区毎に、集まって登下校をする仕組みになっていた。1年生の頃は、わたしの地区の6年生は女子が2人いて、学年の中でも発言力が強く、人望もあつい人たちだったように思う。その人たちが同じ地区で、登下校では、先頭と後尾に立って、班長と副班長をしてくれていた。
けれども2年生になると、地区の6年生は男子が1人だけだった。その人は、上下関係が厳しいという噂が流れている、少年野球チームに入っていた。わたしの地区は、他の地区と比べると比較的人数が多かったため、登下校班は、地区の山側と海側で2つに分けられていた。
新しく班長になった6年の男子は、集団登校では、下の学年が着いて来れているかと様子をうかがったりすることもなく、もう1つの班に対抗して、どちらが早く学校に着くかを勝手に競い出す人だった。歩いている途中、次第に列の間隔が開いていき、小走りになりながら着いて行ったり、集合場所に集まる時間が段々早まっていったりと、独裁的で、発言も乱暴な人だった。
わたしは何も言えず、だまって着いていく。
雪がこんもりと降った日の朝。
どこに縁石があるのか分からないくらいの歩道を、その6年の班長を先頭に、一列に並んで歩くのは最悪だった。
集団登校。雪が掻かれてない道で、列を乱さないように歩くには、前の人が歩いた箇所を踏んでいく必要があった。普段は前をみて、朱色の屋根を目指して一本道を歩くだけだけれども、雪が降ると、下を向いて、足跡を見て、黙々と大股で、進んでいく必要がある。足跡があるといえども、踏み入れた長靴の上に、いつの間にかのしかかっている雪の重み、そしてそれを振り上げて前に進み続けるのはかなりの運動で、加えて列を乱さずについて行くことは、神経をすり減らすものだった。
加えて、野球をしている班長が、班長の真後ろに着いている1年生に「先行っといて」と言い、列の先頭から外れることが最悪だった。
「1年が、こんな雪の中、先頭歩いて行けるわけ無いやん!」と思いながら、なにも言えずにいると、しばらくしてから後ろから声がする。
「〇〇〜!受け取れよ」その班長は、少年野球チームの下級生に向かって、雪をがっちがちに固めて、投げてきたりするのだった。最悪。たまにミスをして、誰かのランドセルや肩をかすってくる。当たった後も、すぐに粉々にならない雪玉は、除雪された道路の上を少し滑りながら転がっていく。なにも言えないけれど心の中では、発狂するくらいに嫌だった。「プールは肩冷やすから、野球してる人はあかんのや」とか言うてたのに、雪は触っていいってなんなん!
集団登下校。雪が掻かれてない歩道を歩くのは疲れるし、雪玉投げられるしで、本当に最悪だけれど、雨で雪が溶けてまもないころの歩道を、一列に並んで歩くのもまたしんどい。溶けてびちゃびちゃに撒き散らす“みぞれ状”の雪もどきは、靴下をあっという間に濡らしてくる。「つま先だけ」「かかとだけ」をじんわりと濡らしていくのは雪の固まりだけれども、びちょびちょの雪もどきは、一瞬で、裏起毛の靴下をぐっしょりと濡らす。
そんな時、拍車をかけて、「なーなー!すげー!いつもより滑る!スケートみたいやん!」と普段より声をでかくして言って、足をわざと引きずったようにして歩く奴、喧嘩して「なんなん!うるせぇわ!だまれ!」とか言って、足元の雪もどきを振り上げて、飛ばす奴がいる。
同じ列で、黙って、濡れないように歩いている人達のことを考えてほしい。今日から新しい靴下やし、絶対こんな雪やから濡れると思うけど、でも朝起きて身支度の段階から、この靴下が履きたいと思う。そのまま濡らさずに学校に着いたらいいんやろ。案の定濡れる。学校に着いてから、ビニール袋に入れていた、予備の古い靴下に履き替えるのだった。最悪だった。
雪がこんもり降った日や、べちょべちょの雪もどきの日を経て、「明日から寒いわ。ひぇーっ、またけぇ」とお父さんがニュースを観ながら言う日がある。
そんな日は、溶け切らずにみぞれ状に不均一に広がった雪もどきが、そのままの状態で凍るので、集団登下校の中で、1番最悪なコンディションだ。雪の量はないものの、早くは歩けない。なぜなら、本当にツルッと滑りやすいからだ。下を向いて、前傾姿勢で、重心を下にして歩くことになる。急に中程の人がツルッと滑って、玉突き事故のように、何人も転けることがある。1人だけ転けることもある。わたしだけ転倒することもあった。そんな時、わたしは黙って起き上がる。気がついたらアザになっていたり、変なところが筋肉痛になったりする。こういう時は誰も悪くなくて、ただただこの気候と狭い地域にうんざりする。
寒かったり、暖かかったり、雪が降ったり、止んだり、週末に「これが三寒四温や」、「(雪)、もう今年は降らんな」という言葉を聞きながら、もう3月も中ほどになった。
ついに春休み!
少しだけだが、そういう周りの面倒なことから解放される期間だ。
家で朝起きてからごはんを食べ、掃除機をかけたり洗濯したりしながら、「そうこうしとるうちにあっという間に新学期やからなぁ〜!」と言うお母さんの言葉には聞く耳持たずに、こたつに首まで入って、テレビを見て過ごしている。
そうしていると、今度はごはんを炒める音がしてくる。「換気扇!寒い!!」と大きめの声で言うと、「あんたも動いたら寒くないわ!」と言われ、「(こたつの)電源切ってきてよ!」と昼ごはんを食べられるように配膳など準備をするように促される。昼ごはんを食べてから、ばあちゃんの家に向かう。
今日は、土曜日。
外は明るかった。日が差していて、数週間前までの、真っ白に塗りつぶされた景色や、テトラポットを越える勢いの荒れた海や横殴りの雨風、1日中蛍光灯をつけていても、薄暗い部屋の中というのがまるっきし嘘のように、太陽がさんさんと出ている。道路ももちろん、舗装されたアスファルトが光を跳ね返していて、電信柱の隙間からは外来種の植物が急速に生え出してきている。お母さんが運転する中、車から外を見ていると、久しぶりにいろんな人を見かける。「あったかいから、みんな出てきたんやなぁ」とお母さんが言う。
「今日はほんま、あったかいわ。羽織りいらんやろう」
ばあちゃんの家にこっそり入ると、そう声をかけられる。お母さんは、わたしをばあちゃんの家の前に下ろして、「ほんなら」とそのまま買い物に向かった。
「そうやなぁ」と口では言いながら、玄関入ってすぐ、この家の様子が違うことに気をとられる。
白いドット柄の青いビニールシートの端を、セロハンテープでしっかり留めた大テーブルの上には、プラスチックの黄色い大きな番重が1つ置いてある。そしてその側には、いつもここにはない業務用の炊飯器が置かれている。大テーブルの端には金魚の水槽があり、隣に椅子が一脚追いやられていた。じいちゃんは腕を組みながら、そこで立ったり座ったりと、いつもよりそわそわしている。ばあちゃんは、片方の手をお椀に入った水で濡らしながら、炊飯器からしゃもじですくったお米を手で丸めていた。
「なにつくっとるん、これ?」と聞くと、
「なんや、ぼたもち知らんのけ?最近、お日さん沈む時間、遅くなったやろ。もうじきお彼岸やから作っとるんやで」ばあちゃんは、言う。
番重の中をみると、たくさんのそれらが並んでいた。底にはきなこがざっくりとまぶされている。
「一旦、かたちええようにして置いていって、その後、このお皿に入れて、きなこしっかりつけていくで。もうおおかたできたから、あとはもうここだけやわ」と番重の端を指差して、あとはここに並んだ白いものに、きなこをつけていくだけだと言う。
お椀に水が入っている。
ただのプラスチックのお椀。わたしがたまご丼ぶりを食べるお椀であり、じいちゃんが豚汁を食べるお椀でもある。なんの変哲もないそのお椀はよく使うからか、食器を洗ってすぐ、立て掛ける場所でよく見かける。大きいけれど、万が一落としても大丈夫。大きいけれど、しっくり手に口に馴染む。外側も底も傷が付いていて、窓の外の光に照らすとテカッと光る陶器と比べると、くすみがあり、安心感がある。用途さまざまなお椀。
わたしはそのお椀に、右手の先を浸ける。米粒が底に沈み、白濁した水だった。そして、その手で番重からそっと、1つを取り出して、分量以上に入っているであろうきなこのお皿に入れる。
手先でころころっときなこが引っ付くようにそれを転がしていたら、「もっとしっかりつけなんか!」と、隣からばあちゃんの手が入ってくる。「わたしは(わたしは?!)色白やから」と言う、白くて赤みのあるその手には、血管が青く浮き出ていて、少しテカテカして、シワが入っている。
両手で、がしゃがしゃっと素早くそれは、きなこの入ったお皿に押さえつけられていた。言われるがままにやっていた、単純な“きなこをつける”という作業だったが、さっきよりもはっきり大豆色になったそれをみて、誰でもできる簡単なもんでもないんやなぁと思う。
その後もやり直されながら、ひと通り終える。結局全然、1人でできんかったなぁと思いながら、ぼーっと終わった番重を眺めて立ち尽くしていた。
そんな中、「さっきまでかたちよかったのに。やっぱり時間経つと、不恰好になるなぁ」とばあちゃんは嘆く。
そうなんかなぁ、別になんも分からんけどなぁと思っていると、
「ほらここにヒビ入っとるやろ。時間経つと乾燥するんや。この辺のやつ、食べていいで」と言われる。
この家に入ってから、炊き立てのみずみずしい米の蒸気がずっと、漂っていた。お皿に入った1つを差し出されて「食べていいで」と言われたのではなく、「“この辺のやつ”食べていいで」と言われたら、えっ、ほんまに、何個でもいいん?と思う。番重にずらっと並ぶそれらを見ながら、わくわくして、じゃあ食べるなと、そのまま手でつまみ、かじりつく。
「あーもう、行儀わるいなぁ!」と言うだろうお母さんは今、ここにいないので怒られない。さっき昼ごはん食べたばっかりで、その多さに「もういらんわ(食べ切れない)」とまで言ったのに。さっきまでの満腹になったことは忘れてかじっていた。
一口かじってから気づく。
「これ中にあんこ、入っとる?」一応、言ってみる。でももう、口に入ったときの甘みで分かっている。
それは、外はきなこで中にはあんが入ったものだったのだ。
「入っとるで。えっ、あんた、あんこ嫌いなん?えーっもったいないわぁ。こんなおいしいのに」ほぼ半分かじったそれを、もう無理やと、顔をしかめて首を振りながら、ばあちゃんに渡す。
「このあんこ作るの、ほんまに大変やったんやから!昨日から煮て、混ぜて、濾して。半日かけてこんだけやで」すぐに食べ終えたばあちゃんは、厨房に置いたままの湯呑みを取りに行き、そして、あんこがもうほぼ入ってない手鍋を見せながら、言う。
大テーブルと厨房の真ん中にある、カウンターにも、同じ黄色の番重が2個置いてあった。それには丁寧に新聞紙が被せられていて、わたしはそっと開けてみる。
「あんまり開けっ放しにしとったら、埃つくからな!」そわそわしていたじいちゃんがやって来て、新聞紙をめくった手を交代する。
さっきまでは、きなこばっかりのものだったけれど、今度は、あんこがしっかりまとわりついているそれらが、番重にぎっしりと並んでいた。様相の違いに「うわっ」と思わず言ってしまう。もう埃が入るからと、じいちゃんがそっと新聞を被せ直す。
今日は、ばあちゃんの家に来てから、ことあるごとに“おはぎ”と言っていたのだが、正しくは、“ぼたもち”というらしい。わたしの地域(もしくはばあちゃんの家)では、秋の彼岸は粒あんを使った“おはぎ”で、春はこしあんを使って“ぼたもち”を作るらしい。
でも絶対そうしないといけない訳でもないらしく、「春彼岸に粒あん、使うとこもあるらしいわ」と、いろいろ町によってあるみたいやわというトーンで言ったりもしていた。
「こしあんは、濾さんとあかんからほんまに手間もかかるし、大変なんやで。今回は、時間あったから作ってみたけどな」と言っていた。
わたしにとっては、あんこは嫌いやけど、でもどうしても食べんとあかん状況やったら、まぁ、こしあんを選ぶかなぁと思うくらいだ。でも弟は小さい頃に、スーパーで市販のこしあんを買う前に、かじって吸ってしまったというくらいに好きなので、こしあんの存在は身近にあった。
こしあんって結構、崇高なもんなんやなぁとその時思った。
「あとはもう番重にはいらんから、もうええようにつくって食べな」と言われたものの、結局ばあちゃんに、“あんこなし”のものを丸めてもらって、それにきなこをたっぷりつけて食べていった。2個は余裕だった。
そして、ばあちゃんの家からそれらを持って帰らせてもらう。これはお米だから、“ごはん”と見なされていて、きなこは甘いのに、夕ごはんの時に食べていいのは特別で、嬉しい。パステルカラーの紫のタッパー、蓋は白をベースにして、緑のパステルカラーがのっていて、そこに有名な犬のキャラクターが黄色い鳥と一緒にいる。犬は、いつものように赤い家に寝そべっているのではなく、冒険に行きそうな格好をしている。ばあちゃんの家から持って帰ってくるそのタッパーには、いつもきなことプラスチックのスプーンが入っていて、そのタッパーを見つける度に、わたしはきなこのおはぎが食べたくなるのだ。
「いつ行くんや?じきに降ってくるぞ」
じいちゃんは、お墓参りにいくタイミングに車を出さないといけないけれども、なかなか作りおわらず、時間の目処がたたないことにそわそわしていた。雨が降ってきたので、結局、別の日に行くことになった。
お彼岸の時期に雨はよく降るらしい。
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