この一曲で第一部は終了となります。
不思議なことだ。
いつの間にか、この部屋にいる40人をまるごとのみこんでしまったようだ。
第一部の最後の曲は、聞いたことがなかった。
そもそもわたしは音楽を聞いていても、曲調やメロディーに重きをおいて楽しんでいるところがおおきかった。
聴力検査は小学校の頃から苦手だった。耳鳴りなのか、機械の音なのか、途中から判別が効かなくなる。健康診断で引っかかり、毎年保健室に呼び出されて、病院受診の封筒をもらうのが嫌だった。
電子音だけでなく、人の声も聞こえにくいことがある。聞き返すけれど、聞き返しすぎて変な空気になる。変なタイミングのうなずきも、話が噛み合っていないのも分かりながら話を続けて、互いに表情がぎこちなくなる。
聞こえにくいのは、周りが騒がしい時や、小さくて低めの声の人だったりする。でもそれ以外にも、聞きとれる声量で音のはずなのに、相手のことがずっと苦手だったり、「今日のこの人、ピリピリしてて嫌やな」と感じていると、びっくりするくらい聞き取れなかったりすることがあった。
わたしの耳が単純に、聞き取りにくいという特性であるだけなのではなく、わたしの心が耳と繋がっているのだと仕事で揉まれて気がついた。
耳に水が入る機会がたくさんあり、中耳炎や内耳炎に癖のようにかかっていたから。泳ぎすぎて耳が悪くなったのなら、それはそれで本望かもしれない。
と、いつの間にか聞こえにくくなったことに対して、寂しい気持ちを持ちながらも、水泳のことを一番に思いたかった時期もあった。
水泳は結局、県外遠征さえもいけなかった。
どの曲も、不思議なほどに身体に入ってきてびっくりした。そこにある言葉が、一節一節、メロディにのって、声や息づかいをとおして、わたしの中に入りこんできた。わたしのみてきた景色が思い返される。そして、歌を聞いている時のわたしは、ヨーイドン!と戦闘態勢に入っているわたしではなく、ごくごく小さな、昔からいるわたしだった。
一緒にその歌を聞いている周りの人たちは、わたしがずっとお世話になっている人たちがほとんどで、久しぶりの再会もたくさんあった。そんな中だったから、最初は結構、込み上げてくる涙を我慢していた。結局は「またわたし、こんなところで泣いてしまうんかよ」と思いながら、ぼろぼろと涙がこぼれていた。
周りの人たちをだいすきだと思ってから、仲良くしてもらってから、いつのまにか長い月日が経っていた。だけれども、そんな大事な人たちといるのに、虚勢の張っていないわたしにわたしが対面できたのは久しぶりだと思った。自分自身の弱いところをちゃんとみて、認めて、労わらないといけない。じゃあ、どうやって?どうやってするのだろうか?
細く、永く、ここにいたいと今は思うから、いや、思うから、ちゃんと自分で考えたり、素直になったりをして、折り合いをつけていかないといけない。時間に追いやられて、考えたいことや学び続けたいことがどんどん後回しになっていく。
わたし自らが弱いところに追いやったわたしに、直接歌が語りかけてきてくれた。いろいろあるけれども、最後は、それでも光をみつめていきたいと、ぶわっと、強い気流にのせて、掬い上げてくれたような気がした。
一瞬でいいから、このひと時だけでいいから掴む。そこから穏やかに、安心していられる時間が少しずつ広がっていきますように。まずは、この歌やこの思い出がわたしにはできた。
たくさん身体に浸透する音楽だった。弱いところにしみたけど、そこから掬いあげてくれる。
みんなで聞けてよかった。まだ他にも一緒に聞きたかった人はいた。
はい、今からいったん休憩にはいります。
ぱんぱんに張り詰めた希望のような満腹の空気の中、扉を開けて、外へ出た。
おそらく勝手に入っていいのか微妙だったのだろう。お手洗いに一緒に行く。
さっきまで歌ってくれて、感動していたのに、感情が追いつかない。どういう態度でいたらいいのか、感想は言ってもいいのか、なにも分からなかった。急に日常の空気がぐっと入りこんできて、変な感じだった。
空を見上げた。
雨予報だったのに、来てくれてから、ちょうどいいくもりだった。
雲にかかった月が出ていた。
雲に被さったその月は、くっきりとした輪郭ではなく、ぼわぼわとしていた。
黄色く光り輝いていた月に、わざわざふかふかの雪をまとわりつかせたような不思議な雰囲気だった。普段の月よりも、優しく光っていたけれども、周りに薄く漂う一帯の雲が、怪しさも醸し出していた。
外は部屋の中よりも、やや、涼しかった。日中のベタついた暑さは、この夜にはなくなっていた。暑さに気を取られない分、土のにおいも木のにおいもしっかりした。
何を話していいのか分からなくなって、「月だ〜!」と言ってみた。
「おぼろづき…」と答えてくれた。
わたしはこの月や朧月というものをこの先忘れないと思う。
あの日からまた聞き直しているけれども、また感じ方が変わってきていて、面白い。
穏やかな時間を日常の中に持たせてくれたり、下の方から小さいわたしを鼓舞してくれたりする。
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