気がつけば水辺。

「花火大会の前のにおいがする」

仕事を終えて、建物の外に出ると、花火大会前の道のにおいがした。周りは田んぼ、鉄道に沿った、一番広い、主要な道路ではあるものの、街灯はほぼなく、駅の下の心もとない街灯と、自販機の灯りの駐車場のある方へと今日も向かう。わたしたちは今日、信号がまだ仕事している時に、帰ることができた。


以前の仕事は、朝から夜勤まである三交代制で、それぞれ各自の持ち場の役割と責任を果たす意味で、帰宅するとき、建物を出た瞬間の達成感は格別だった。坂道を登るとき、真横の山から吹いてくる風を受けながら、時には昼間のさんさんと降り注ぐ太陽の光を頭上から浴び、またある時には夕方の真っ赤な光を背中越しに感じ、はたまたある時には暗闇の中、見上げれば三日月の光に向かって、駐車場へと戻っていった。


今の仕事は、全員同じタイミングに帰る。なんとなく、建物を出て、鍵を閉め、信号に向かって歩く瞬間、「今日も終わった!」という達成感や疲労感を感じつつも、息を深く吸い込み、吐き出しながら駐車場までの道のりを歩く時間が、わたしは結構すきなのだなぁと、最近気がついた。信号とそれに続く横断歩道は、建物から真っ直ぐと、右側に繋がっている。それを数学のグラフ、X軸とY軸に見立てて、「今日はX軸!」とか、点滅し始めた信号を見て、「まだY軸行ける!!」とか言いながら、引きづって渾身の力を振り絞って走る瞬間は、疲れているのだが、一日の仕事の中で最後の、腹から出す底力と笑いだったりもしている。


連休前、浮かれながら仕事しつつ、俳句を考えて欲しいとのことで、上司らと一緒に思いついたものを声に出しながら、考えていった。強制的に学んでた学生のころには気づいてなかったけれど、俳句って、出し合うのたのしいんやな。そこで一日の元気を使い果たす。分かりやすく、急に偏頭痛がする気がした。カイロ貼って、リポビタンDをもらう。


夜、建物を出たら、花火大会の前のにおいがした。他の同僚は、「あまいにおいがする」と言った。雨の前のにおいらしい。そこで気がつく。花火大会の前、結構、雨に出くわしていたことを。そして思い出す。花火大会の前に大雨が降ったり、雨降るかもと心配しながら、すぐに変わるはずがない天気予報を何度も確認したりしながら過ごしていたことがあった。部活帰りや課外が終わり、自習室帰りに祖母の家で浴衣を着せてもらったりもした。メールなどの連絡手段がない頃、友達と待ち合わせられないまま、泣きながら花火大会が終わったこともあった。それよりももっと小さい頃は、祖父の船のある岸壁まで、祖父母と家族、叔父と一緒に行き、船を走らせてもらい、海の上から花火を見上げたこともあった。海から街の灯りのある方、砂浜を見れば、たくさんの屋台や人がいた。友達と行けれたらいいけれどもそんな人おらんなぁと心の中で少し寂しく感じながらも、船からそんな事実をかき消すように、花火を見たのだった。


岸壁から離れるとき、灯台の側を通る。灯台の光を見て、「いつも海を守ってくれている。船同士がぶつからんかとか、ずっと見ている。海のお巡りさんなんや」みたいなことを祖父が言っていた。ある時は点滅していたり、色が変わったりしていた気がする。その時も、灯台は信号であること、その灯りの意味を教えてくれた気がする。詳しくは覚えていない。



昨日のことから、そんなことを思い巡らしながら、今、尾道にいる。目の前は、船がたくさん行き交う。怒涛に過ぎる日々で、2月くらいから記憶がないまま、気がつけば4月末。(未だに日付書く時に、2月と書くこともあったりする。)実に4ヶ月ぶりに来ることができた。いつも行くごはんやさんでは、なんか軽やかになったと言われて、確かに今日元気かもしれんと思いながら、お店を後にした。いつも行く本屋さんは閉まっていた。連休に開けてなさそうと思っていたから、なんとなく、ですよね〜と納得ができて、今、海の前でこれを打っている。雨が降りまくり、寒すぎて、小さいカイロの効き目なし。これ日帰りでなく、普通に長旅だったら、どこかのスーパーの婦人服売り場で、中に着る長袖買ってたレベル。ようやく夕方、日が差してきて、明るい。あえて、電車でがたごと来た本日。本屋が閉まってたのは思いがけずで残念だったけど、ゆっくりと海の近くで過ごすことができた。


対岸の岸壁には大きな船とその中で働いている人たちが目視できる。船に付いているクレーンが動いている。ありきたりな言葉になるが、いつだって、誰かが人のために働いてくれている。早出の時、早朝に立ち寄るコンビニの、いつもの店員さん。遅出の時に立ち寄る、別のコンビニの店員さん。コロナが流行り出してからも、ずっとそこにある施設、用事でバイパスを走れば、あの頃からずっとそこにある医療機関。身近な人を思い浮かべながら、わたしはわたしでありがたくひと休みをして、またの瞬間に備えようと思う。


雨の中、傘をさしながら坂道を上り下りしたり、晴れてきたら水溜まりをまたいだり、海を見たり、時おりテントのような頭上の布から落ちてくる水におびえたり、電車から向こうまで続く川を眺めたり、水の近くはいつも気持ちがよかった。


と、その周辺に纏わり付くモノたちへ

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