ひと月にひとつ。
満月の日の夜に、毎月投稿し始めてから1年が過ぎた(後半、当日までに仕上がらないこともあったが)。1番最初のまえがきと今回のあとがきを除いて、ばあちゃんたちとの食べ物の記憶が10個、形になった。
記憶の中の季節とその時のわたし、その時側にいる家族、そしてばあちゃんやじいちゃんと過ごした時間を思い出しながら、地元から離れて、今、わたしが生活しているこの場所で書いた。子どもとして守られていたあの頃と、社会で働く者として守りたい者がいる今、住む町は昔も今も地方で田舎だが、方言は異なっている、今。大学進学で地元を離れてから11年が過ぎた。側にいた家族たちも、今やそれぞれの生活がある。
4年前、新型コロナウイルス感染症が確認されてから、不要不急の外出は慎むようにと言われ、町の至るところに検温機や消毒液が置かれるようになった。不穏なニュース。なんとなく、互いに監視しているようなムード。その時から今まで、誰もが何らかのタイミングに試行錯誤をして、ここまでやり過ごしてきたのではないだろうか?わたしはその当時、会社に行くまでの道のりを車で運転しながら、それより以前に、その道やそのお店で誰かと話したことを思い出していた。その会話は本当にくだらないものだったけれど、それこそが生きていく源だったのだと、その時ひしひしと感じたのだった。
また、当時、ふとした瞬間に「こういう時、ばあちゃんはこんなこと言っとったよなぁ」と、地元で過ごしていた頃のことをよく思い出していた。プライベートな行動は制限されながらも、新たに気にかけることが増える中で労働を続けていた。そんな時に思い出す、それらの記憶は生き生きとしていた。思い出す時はその記憶の頃のわたしになっていて、気持ちは和み、思わず口元も緩んだ。
そして、その数年後にじいちゃんは亡くなり、ばあちゃんとじいちゃんの家は建て壊しが決まった。これで拠り所を確実に一つ、失ってしまうのだなと思った。だから今回、悲しみを、直接的な悲しみではない置き方で形づくったら、書くわたしや読んでくれる人たちに、どんなものを届けていけるのだろうか?という考えがあり、書き始めたつもりだ。悲しみを悲しみのままで渡すことも可能だけど、悲しみを含んだ少し違うものにかわっていたら、そこからまた広がっていける気がしたのだ。
4年前、穏やかに、楽しく過ごそうと意識しても、気持ちがすり減っていったあの時に、思い出した記憶。くだらないことを喋って過ごした、ばあちゃんとじいちゃんとの時間があって、そこにごはんを食べた記憶がのっかっていった。コロナ禍の当時、思い出した記憶は、まぶしくて、かけがえがなくて、大袈裟ではなくわたしの支えだった。落ち込みがちだったその時に、確かに光っていると感じたそれらのことを信じて、これからに託したい。
書き始めて、季節は一周した。
わたしには、季節ごとに思い出す食べ物や行事があることに、書いたことで気がついた。今回書いた食べ物の記憶も、一度きりの記憶ではなくて、何重にもなっている感覚があり、書く時に手間取ることがあった。書き始めるまでは、もう戻ることができないなにもかもがあって、それを忘れていくことへの恐怖や焦りがあったから書けるだけ書くのだと思っていたけれど、そんなことはなかった。書ききれなかったことはあって、中華鍋をはじめその他の、思い出深い器を100%引き取ることもできなかった。けれども、これからも季節と共に、いろいろな食べ物やその時あったことを思い出して、食べることと記憶を積み重ねることができるのだと気がつけたことは心強くて、嬉しい。
コロナ禍に、ばあちゃんとじいちゃんが最後にくれたお年玉で土鍋を買って、実家にプレゼントをした。その土鍋は一度しか使われていないことが分かり、最近、わたしはその土鍋を実家から持って帰ってきた。いろいろなことが積み重なって、「美味しいものを食べたいから、料理をするのだ」という気持ちが、先月くらいから心に残り続けていたからだ。小さい頃の記憶も、コロナ禍のことも、この1年間、作る工程を確かめつつ文章書いたことも、今、周りの人たちが料理の楽しさを教えてくれることも、何もかもがじわりじわりと繋がってきている。コロナ禍に、たまたま土鍋を選んで、プレゼントしたのだと思ったけれど、無意識にずっとわたしは「料理を手離したくなかった」のかもしれない。
季節と共に思い出したものを食べること、ごはんを作ってみること、誰かと一緒にごはんを食べたり話したりすること、それらのことを大事にしていきたい。
わたしはもうすぐ30歳になる。人生の三分の一を過ぎようとしている今、ここからの10年で、自分自身にかけた呪いを解いていきたいと思っている。守られていない環境で特に、人を傷つけてしまうのは、自分自身を守るためだと気づいたから。そしてこれからは、周りの人と共に、生きていきたいと思ったから。
まずは、1年。
あと12記事、祖父母たちや周りの人たちなどとのごはんにまつわる文章を書ききろうと思う。今回の文章の大体が小学生までの記憶だったので、次は少し年齢をあげて、そこから今に続くまでを切り取っていきたい。
これまでと変わらず、しんどい時のわたしを見捨てない書き方で、書いていきたい。
この地点。
今、わたしがいるこの地点に、旗をたてておく。
2024.6.10
*たちまちこの夏は、次の1年間の下準備をする期間とします。秋になったら、また再開します。
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